がんばるブラザーズ

中学生と小学生の家庭学習やサッカーの記録。

PTAについて思うこと

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わたしは一般的なPTAの理念とか活動自体は賛同するけど、子供が通っている学校のPTA活動については「けっ」と思っている。だからネットなどでPTAについての愚痴や批判を読むと、「うわーわかる!あなたのところもそうなのね!」って気持ちになるし、逆にうまくいっている事例やがんばって改革している人の話を読むと、「うわーこういう学校や役員さんもいるんだ!」って思う。

「そんなこと言うならお前が変えればいいじゃん」って言われるかもしれないけど、残念ながらわたしにはPTAに対してそこまでの情熱と興味がない。無償で、自分の時間と力を割いて、たくさんの人と関わりながら改革を進めるなんて考えただけで卒倒する。わたしにそれだけの時間と力があるなら、もっと自分や一番身近な家族に対して使いたい。ただでさえ忙しさにかまけてそこがおろそかになりがちなのに、そんなわたしが仮に本部役員を引き受けようものなら大ブーイングを浴びること必至だ。

だからやってくださる方に対しては、基本的には感謝しかない。仕事と家とPTAをうまくまわせる(まわそうとしている)バイタリティ溢れる人なんだなぁ、すごいなぁと思ってる。あとは…なんだかんだ言ってもそういう活動が好きなんだろうなと*1

ただうちの学校のPTAは本当に気持ち悪い。片足突っ込んだだけなのに体と心を壊すかと思ったくらいだ。いい機会なので、PTA関連のあれこれに対して思っていることを吐き出してみようと思う。

PTAを私物化する人たち

わたしは本部役員の話は断り続けているけれど、クラス役員なら何度も経験している。その中で本部役員の選出をする委員をやったことがある。実はそのときの経験から「本部役員には絶対にならないぞ」と思うようになった。

選出をする委員がどんな仕事をするかというと、大きくこの2つになる。

  • 各委員会を傍聴して本部役員にふさわしい人を見つける

  • 推薦用紙を配布し、そこに名前が挙がった人に電話や訪問活動をしてアタックする

そして最終的に欠員が出た本部役員を選出し、信任を得るところまでが仕事。

実は、わたしがこの委員を務めていたとき、自らPTA会長に立候補する方がいた。立候補したのは男性で、他の委員会活動に参加した経験のない方だった。一番なり手のない会長に立候補してくれる人がいるなんて万々歳なんだけれど、ここで猛反発してきたのが現職の本部役員だった。信じられないかもしれないけれど、「どうにかして立候補を取り下げさせたい」「委員の経験もない人にいきなり会長をやらせるわけにはいかない」と相談してきた。中立であること、委員活動で知り得た情報は外部に漏らさないこと…など様々な制約を守りながら仕事をしてきたわたしたちに、現会長以下すべての本部役員が秘密裏にそんなことを言ってきたのだ。

選出管理委員長を務めていた方がまっすぐな人だったので、きっぱりと突っぱねてくれたからよかったものの、その後も本部役員OBから脅しのような手紙が届いたり、陰口を叩かれたり、とにかくひどい扱いを受けた。彼女たちの言い分は「まずはクラス役員から引き受けて、PTAの内情を知ってから立候補するのが普通でしょ」というもの。さらに「立候補を取り下げないなら、PTAの規約を改正して会長の任期を伸ばす。そしてわたしが留任する」と言い出した。自分たちのお眼鏡にかなった人が会長にならないんだったらルールの方を変えてやる!だなんて、私物化以外の何ものでもない。

当然のことながらそんな改正がまかりとおるわけがなく、怒った本部役員は全員次年度の継続を辞退*2、結果的に総取っ替えとなった。そして堂々と「立候補した新会長のことは認めないし協力もしない」と公言して去っていった。

改革することが1番の目的になっている人たち

中には強い志を持って会長を引き受けた人もいる。その人はいわゆる改革派で、必要がないと感じた活動やルールはバッサバッサと切り捨て、「みんながやりやすいPTA」を目指してがんばる人という印象だった。

うちの学校の腐ったPTAが生まれ変わるのかしらと思ったけれど、1年経とうとする頃にはだんだん「あれ?」という空気が流れ始めた。この人は単に「変えたがり」な人で、なくした後のこと、変えた後のことは考えていない、とにかく自分の代で改革したという歴史を残したいだけだということがわかってきた。だからとにかく急いでいろんなことを変えていったし、総会で承認を得るべき問題についても周りの反対を振り切って強引に推し進めた。その強硬なやり方が明るみになって不満や反発が出てきたのは、もうすでに次年度の信任が得られた後で。2年目はさらに会長のやりたい放題の改革が進められることとなった。歯向かうものには個別にメールやLINEでネチネチ脅しめいた説得が繰り返されるので、表立って反発する人もほとんどいなくなった。そりゃそうだ。こういう言い方は良くないかもしれないけれど、たかがPTAにそこまでの情熱を傾けて戦う人なんてそうそういない。

こうして表向きは順風満帆に見えた2年の任期が終わる頃、一気にメッキが剥がれた。改革推進派の会長と共に改革に邁進しているように見えた側近たちが、こぞって継続を辞退したのだ。もともとその中から次期会長を擁立するつもりだった会長は思惑が外れた格好。慌てて選出活動をするも、改革半ばの道筋がたっていない状態で会長を引き受ける人がいるはずもなく、紆余曲折を経て修了式直前にようやく決まった。この年の選出管理委員の皆さんのご苦労を思うと本当に胸が痛い。

PTAについて思うこと

ここに挙げた2つの例は、わたしが知っているごくごく一部のPTAの話。PTAは必要だと思うけれど、わたしが知っているPTAはボスママ、もしくはPTAという権力(があるのかどうかの議論はさておき)を持ちたい人が牛耳っている組織なので、なるべく深く立ち入らず、自分にできるお手伝いをするという立場で今後も貫きとおすつもりでいる。

でも同じような経験やもっと辛い経験をしたことがある人の中に「PTAなんかいらない!」という人がいてもおかしくないし、PTAに関わったことがない人の中に「面倒くさい!そんなのいらない!」という人がいるのも当然だと思う。

このような声を受け、世論が「PTA不要」という流れになって、それがきっかけで本当に学校からPTAがなくなったとしたら、それはもともとそのPTAが機能不全だったということだと思う。きちんと機能している(機能させようとしている人がいる)PTAなら、そんな世論に関係なく小さな変化を繰り返しながら受け継がれていくんじゃないのかな。

それに…どれだけがんばって改革をしても、数年後の役員さんたちがまたそれを改革することだってある。今目の前にある悪しき慣習を変えていくこと、よくしていくことはとても素晴らしいことだけど、大きな改革の裏にはそれに振り回される人たちもいるっていうことを忘れてはいけないし、自分たちが関わる数年は大きな流れの中のほんの少しの期間という感覚をもっておくのが、実は結構大事なことなんじゃないかと思ってる。

追記(2017.1.31)

わたしはスポ少の保護者会会長をやっていて、その中ではわりと「改革派」って思われているみたいなんだけど、それはちょっと違うと思っている。なぜかというと、保護者会役員としての仕事をなくしたり変えたりしているわけではないから。わたしたちがやりやすいようにやり方を変えているだけで、役員以外の一般の保護者に対して変化を求めているわけではないし、受けるサービス(というと語弊があるかもしれないけれど)に大きな変化がないように心がけてきた。

わたしたちにとってやりやすい方法が、次の代の人たちにとってもそうであるとは限らないし、わたしたちにとって正しいと思う方法が、全ての人たちにとってそうであるわけではない。いつもこのことを肝に命じてやってきたつもりだし、わたしが現在進行形で行っている引き継ぎも、やり方の説明はするけれど「この方法を引き継いでね」とは言わず、ゴールと経由すべきポイントさえ押さえておけばそこまでの道のりや方法は自由でいいと伝えてる。

大きな流れの中のほんの少しの期間を任された立場としては、変えていくところと変えないところの線引きは常に「子供たちと一般保護者への安定したサービスの供給」が指標だったということを追記しておく。サービスって感じじゃないけど他に言い方が思い浮かばないので、まあいっか。

*1:そういう活動をがんばる自分が好き、という人も多いと思う

*2:基本的には本部役員の任期は2年