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がんばる小学生

サッカー少年の家庭学習と本の記録

やり方を教えてあげるのは悪いこと?

20年ほど前、わたしは看護学生だった。時期がくると提携している病院へ行き、数週間の実習を行うのだが、これがなかなかの苦行。あ、いや、実習そのものが辛かったのではない。もちろん大変なことはたくさんあったよ?でも、わたしを含めた当時の仲間たちが苦しんでいたのは、実習が終わった夕方から翌朝までの間に、大量のレポートと調べ物の山を片付けること。患者さんと患者さんへの治療やケアに関わるのだから、勉強するのは当然だ。それでも、まとめなければならないレポートと調べ物の量の多さは、確実にわたしたちを追いつめていたと思う。

「実習期間中は眠れない」

「実習期間は栄養ドリンクが必須」

みんな赤い目をしてふらふらになりながら実習にのぞんでいた。それが当然だと思っていた。

ある日、実習担当の先生から「◯◯について明日までに調べてまとめてきて」と個人的な課題を出された。こういうこともよくあることで、担当している患者さんの病気について学びを深めるために度々そういう課題が出た。実習後、病院併設の図書館で文献を片っ端から調べていたものの、なかなかコレという答えがみつからなかったので、担当の先生に相談することにした。するとその先生は「そんなことは人に聞いて調べたってあなたの勉強にはならない。自分の力で探し当ててこそ、あなたの力になる」と言った。そんな〜という思いはもちろんあったが、しかたないので自力で探し続けることにし、結局思うような成果は得られないまま翌日を迎えた。カンファレンスで担当の先生から「調べ方が浅い」と言われたが、それを聞いていた看護師さんがわかりやすくレクチャーしてくれたおかげで、なんとかその日の実習に役立てることができた。

当時のわたしは、先生の言葉を「やっぱりそうですよね〜てへへ」と受け止めていた。先生という立場の人にそう言われるのは初めてじゃなかったし、長い学校生活の中で「やり方は教えてもらうものではなく、自分で見つけるもの」という認識ができていたからかもしれない。でも、ただでさえやることがいっぱいある中で、調べ物をする本を探すのに何時間もかけなきゃいけないっていうのが、本当につらかった。実習つらかったーという思い出は、そのあたりからきていると思ってる。

以前、こういう記事を書いた。

gambaruko.hatenablog.com

わたしはどちらかというと「自分で努力して苦しい思いをして答えを手に入れる」のがいい勉強だと思っていた。でも、夫は「やり方が分かればできるんだったら、やり方を教えてあげたらいい。それで答えがわかるならそれでいい。できるようになることが大事」という考えだった。

長男が選んだNo. 1教材は「たったこれだけプリント」だった - がんばる小学生

このときから、わたしは長年の思い込みを払拭し、「やり方を教えてあげるのは悪いことではない」と考えを改めた。それからは算数の問題でも、読書感想文でも、書き初めでも、そのやり方について教えられることは、すべて出し惜しみせずに教えるようになった。もちろん、わたしは教育のプロではないし、子供たちに教えられることはそう多くない。教えられないことの方が圧倒的に多い。でも、やり方を調べる方法は知っているし、それを教えることならわたしにもできる。

そうしてやり方を教えてもらった子供たちがどうなるかというと、そこから先は自分たちの力でどんどん進んでいくようになる。そして、そのうちに「あれ?こうすればもっとうまくいくんじゃないの?」と自分なりの工夫を加えてみたり、違うやり方を見つけてきたりする。もちろん、やり方はわかるのに、何度も何度も確かめながらでないとうまくいかない、苦手なことだってある。それでも、やり方を知っていれば、ちょっとずつ前に進むことができる。

分からないことを楽しめる人はいい。分からないことにどんどん挑戦できる人はいい。でも、そうじゃない人だっている。分からないからつまらない、分からないからやりたくないっていう人だっている。算数の問題が解けるようになる、読書感想文が書けるようになる、書き初めのように大きな文字を思い切りよく書けるようになる。それがゴールなんだとしたら、やり方を教えて数をこなす方がよっぽど力がつくはずだ。

そんな風に考えるようになって改めて思うのは、やり方を教えるって面倒くさいなぁってこと。かなり面倒くさい。そんなの自分で調べろー!ってつい言いたくなるし、言ってしまうことだってある。自分の子供ならまだしも、同僚や後輩になんて教えたくないという人だっているだろう。自分が苦労して見つけ出したやり方を、簡単に教えてあげるなんてしゃくに触るという思いもよくわかる。教えてもらってるのに無礼な人だっているしね。それでもわたしは、聞かれたことで教えられることは全部教えようと思ってる。仕事でも、家庭でも、それ以外でも。完璧にやれてるかっていったらそうでもないけど…やる気はある。

最後に、これだけは忘れないようにしたいと思うのが、他にもっといいやり方があるという可能性を自分の中に残しておくこと。自分と違う考えの人、違うやり方の人の話も聞いて、いいなと思えば取り入れる。ダメなら戻す。でも心は開いておく。そんなふうにしていれば、自然とその可能性も含めて次の人にバトンを渡していけるんじゃないかなと思ってる。

朝ドラで、榮三郎さんがあささんのことを「やらかい心のお人だ」といっていた。わたしもやらかい心でいたい。

おわりに

手前味噌だけど、わたしのお手本は夫だ。

夫「何がわからない?」
次男「やり方がわからない」
夫「この問題のやり方がわからないってことか」
次男「そう、だからやり方を教えてほしい」


これはね、と夫がやり方を教えると、次男はパッと顔を輝かせて、夢中になって問題に取り組むようになった。正直、そのときはいとも簡単に解決させた夫にジェラシーを感じて、素直に「すごいね!」と言えなかったけれど、今なら言える。夫のやり方はすばらしかった。

長男が選んだNo. 1教材は「たったこれだけプリント」だった - がんばる小学生

「やり方がわかればできる」という経験は、子供たちにとってプラスになる。だからこれからも、教えられることはどんどん教えていくつもり。そしていつか、成長した子供たちに、わたしの知らないことを教えてもらえる日が来るといいなぁと思っている。

おしまい。

▽ 過去記事 gambaruko.hatenablog.com gambaruko.hatenablog.com gambaruko.hatenablog.com