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がんばる小学生

サッカー少年の家庭学習と本の記録

目に見える成長と目に見えない成長〜長男の個人面談を終えて思うこと〜

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つい先日、長男の個人面談に行ってきた。個人面談が行われるのは、夏休み前と、冬休み前の2回。子供たちが通う小学校では、夏休みの面談は全員必須、冬休み前は希望制になっている。

 

実はわたし、長男の担任の先生がすごく苦手だった。夏休み前の面談後も、この調子なら冬の面談はパスしようとさえ思っていた。

 

 

今読み返してみると、なんとかいい距離を保って悪く思いすぎないようにしようとしていたのが分かる。余地を残すのは大事だ。

 

 

たしか夏休みが明けてしばらく経った頃だったと思う。月1ペースで行っている読み聞かせが終わったあと、先生に呼び止められた。

 

「お母さん、わたしとん吉くんに積極的に声をかけていくことにしたの。とん吉くんのこと、もっと知りたいって思うから。そしたらね、とん吉くんちょっとずつ心を開いてくれるようになったのよ。わたしが待っていちゃダメだったのよね。彼のいいところをもっと引き出したいと思ってるから〜。楽しみだわ!」

 

正直、びっくりした。夏休み前の個人面談でわたしが話したことを、すぐに行動に落とし込んで、しかもわざわざそのことを報告してくれるなんて…!まったく予想もしていなかった。その日から、先生に対する信頼が生まれたことは言うまでもない。子供のことをちゃんと見てくれているという信頼さえあれば、相性なんてどうでもいいことだ。ただ、相性が悪いと、その信頼関係を築くことが難しい。先生が長男の性格を理解したうえで対応を変えてくれたこと、わたしが判断に余地を残しておいたこと。どちらが欠けていても、信頼にはつながらなかっただろうなと思う。

 

個人面談でわかった長男の成長

先生との面談は、子供が書いた「振り返りシート」をもとに進められた。

 

休み時間は何をしているか?

クラスの課題はなんだと思いますか?

勉強のことで悩んでいることがあったら書いてください

先生に伝えたいことがあったら何でも書いてください

 

などなどの質問項目がある中で、わたしたちが注目したのはこれだ。

 

委員会活動やクラスの活動をとおして自分が成長できたことはなんですか?

 

ー自分の意見を言えるようになった。 

 

2人で顔を見合わせて「おお〜!」「ね?すごいでしょ〜」と言い合った。

 

これまでずっと「もっと自分の意見を言えるようになるといいのに」と言われ続けてきた長男が、「意見を言えるようになった」と自己評価できるまでになったとは。こんなに嬉しいことはない。目に見えない成長と、目に見える成長を感じたひとこまだった。

 

目に見える成長と目に見えない成長

長男は最近ぐんぐん身長が伸びている。細身ではあるけれど、しなやかな筋肉がついたいい体つきになってきた。リフティングの回数も倍以上に増えた。50m走のタイムが速くなった。計算が速く正確になった。授業では手を上げて発表する回数が増えた。

 

体が大きく強くなる。出来ることが増える。

 

こういう成長はすべて目に見える成長だ。

 

 

自分のことが好き。友達のいいところを見つけた。嫌いな人との付き合い方がわかってきた。好きな女の子ができた。◯◯について知りたい。この本のこういうところがおもしろい。前に読んだときはこう思っていたけど今はちょっと違うな。悲しい気持ちになったときには誰かに話すと少し楽になるな。僕はどんな大人になるんだろう?

 

考えたり、感じたり、工夫したり、思いやったり、想像したり。

 

心の成長は、目に見えない。結果として行動に結びついたものは目に見えたとしても、心の中の変化は見ることができない。

 

 

目に見えない、長男の心の成長を感じた出来事といえば、これだ。

 

 

このとき、わたしは長男の心の成長を感じた。普段自分のことについては多くを語らない彼が、どんな風に考え、どんな風に感じているのか、目に見えない心の成長に少しだけ触れることができた出来事だった。

 

中傷事件の後日談

面談では、この件についても話をした。

 

実は、この件に関して長男の担任の先生と話すのはこれが初めて。この件の対応は、長男を中傷していたRくんの担任の先生がすべて行っていたので、長男の担任の先生は直接関わることがなかった。

 

このときの先生の対応で、ひとつ引っかかっていたことがあった。実は、前回の記事には書かなかったが、一連の話が終わって収束を迎えようとしたときに、先生がこんなことを言った。

 

「お母さん、安心してください。Rはそんなに発言力ないですから」

 

Rくんの担任であるその先生が言っていい言葉ではないと思った。それこそ心の中は見えないが、きっとわたしの胸中を思ってのことなのだろうと思う。でも、わたしは、この言葉を聞いて安心するどころか憤りすら感じた。RくんとRくんの家族、そしてRくんの友達が聞いたらどう思うのか。あまりのショックに、呆然となった。

 

このことについて、担任の先生はどう感じるのか。それがどうしても聞きたかったのだ。わたしの話を聞いて、先生は開口一番「本当に言ったんですか?そんなことを?信じられない。教育者として絶対に言ってはならないことだよ、それは…」と言ってくれた。

 

先生とひとしきり思いを共有してから、わたしは「このことは、おおごとにしないでほしい」と伝えた。これ以上関わりたくない気持ちと、このことが明るみになったとして、多かれ少なかれRくんが傷つくことは避けられないのではないかと思ったからだ。ただ、そういうところがある先生だと分かっていてほしい。

 

そう伝えると、先生は「(Rくんの)担任に代わって謝らせてください。嫌な思いさせてごめんなさいね。つらかったね」と言ってくれた。それだけでもう、十分だった。

 

長男はあれ以降、中傷されることはないそうだ。

 

おわりに

目に見える成長はわかりやすい。だからどうしても、体の成長や出来るようになったことに目が行きがちになる。結果ばかりをみて喜んでしまう。もちろん、それも大事な成長だ。

 

一方で、目に見えない心の成長はわかりづらい。心の成長は、何cm伸びた、何秒はやくなった、という尺度ではかれない。行動や言葉となって表に出てきてはじめて、感じることができるものだから。

 

ここ最近の出来事や、面談をとおして、長男の目に見えない成長に驚き、喜びを感じることができた。また、日頃の自分を省みて、次につなげるいい機会にもなった。どれもわたし1人では気づけないことばかり。なんとなく自分たち親だけが子供を育てているような気になってしまうけれど、そんなことはないんだよな。いろんな人たちに育ててもらっているんだな、と感じた1年だった。

 

感謝の気持ちを込めて。

 

 

おしまい。

 

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