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がんばる小学生

サッカー少年の家庭学習と本の記録

子育て中のわたしが実践したい「怒らない人」になる禅の習慣5つ

怒らない 禅の作法

わたしは、自分でも自分を怒りっぽい人間だなと思います。特にそう感じるようになったのは、子どもが生まれてから。

夫婦2人で生活していたときは、すべてが思いどおりとまではいかなくても、好き勝手に暮らしていました。好きなときに好きなものを食べ、出かけ、寝る。自分の好きなように時間が使えるという自由!


子どもが生まれて、その自由な時間はひとまずゼロになりました。自分のやりたいこと、映画を観るとか、おしゃれなカフェに行くとか、そういうちょっと特別なことだけでなく、トイレに行く、お風呂に入る、眠いときに寝るというような、自然の欲求を満たす行動も思いのままにならない日々。

だんだんと、自分の中の「イライラ」や「怒り」がむき出しになっていきました。ちょっとしたことでもイライラや怒りが表に出てきてしまい、自分をコントロールできなくなっていった…。

現在は子どもたちも小学生になり、少しずつ自由な時間を持てるようになりました。でも、一旦表に出ることを覚えた「イライラ」や「怒り」は、今でもときどき暴れだし、わたしたちを困らせ、疲れさせます…。

怒りたいわけじゃない。イライラしたいわけじゃない。でも止められない。

そんなとき書店で目に入ったのが、冒頭で紹介している「怒らない禅の作法」という本。この本では、「怒らない人」になる「心」「体」「生活」についての禅の習慣が43、紹介されています。

 

今回はその中から、子育て中のわたしが特に実践したい「怒らない人」になる禅の習慣を厳選して5つ、紹介したいと思います。

 

人は人、自分は自分と考える

子育てにかぎらず言えることですが、自分の価値観を押し付けてくる方というのは必ずいます。優位に立ちたくてそうする人もいれば、中には「ただ言いたいだけ」という人もいるでしょう。もしかしたらわたしも、そんなつもりはなくても、誰かに対して自分の価値観を押しつけているということがあるかもしれない。

 

 相手には相手の「事情」があります。自分の受け取りたくない評価は、受け流せばいいのです。

 

自分の受け取りたくない評価は、受け流せばいい。そう言われると、ほっとします。

 

「山是山、水是水(やまはこれやま、みずはこれみず)」

 山は山として、水は水として、おのおのその本分をまっとうしているという意味です。

 山が水に対して「山になれ」と言うこともなければ、その逆もありません。自然の中では、両者がそれぞれあるがままの姿で存在し調和しています。

 

頭に来たら、一呼吸置く

 誰もが「怒ってはいけない」と頭ではわかっています。しかし、ふとしたきっかけでいったん怒りが生まれると、つい感情的になって激しい口調でまくしたててしまう。そんな自分に嫌気がさし、自己嫌悪に陥ってしまう人も多いのではないでしょうか。

 

まさにそのとおり。怒ってスッキリするってことはまずない。必ず苦いものが残ります。

 

洗ったばかりのラグの上に、牛乳をこぼされた。
お気に入りのソファに、ボールペンで落書きされた。

日常生活の中でカッとなる場面って本当に多いです。怒っちゃダメ。わかっていても抑えられず、大きな声で怒ってしまうということがよくあります。では、どうすれば怒りを収めることができるか。

 

 実に簡単なことです。不愉快なこと、腹の立つことがあった時、何かを言う前にまず一呼吸置くのです。

 浅い呼吸では効果がありません。おなかをゆっくり動かしながら、大きく丹田*1で深呼吸します。この「間」が重要です。

 

6秒数えるといい、っていう話もありますよね。怒りを感じた時、すぐに口を開くのではなく、心の中で「大丈夫、大丈夫」と繰り返して「間」をとる。

 

 

こんな方法もいい!いったん口にしてしまった言葉は、飲み込むことができませんから。

 

一呼吸置く。これが大事なんだなと思います。

 

焦らずに待ってみる

 人にはそれぞれ成長の速度や変化のタイミングがあります。人を育てるうえでは、相手のペースを見極める作業は欠かせません。

 

とにかく今はなんでも速い。今日注文した商品が、今日届くんですからね。このスピード感に慣れてしまうと、なんでもかんでもすぐに解決するのが当たり前のように感じてしまう。ちょっとでも遅く感じると、焦れる。

 

 特に、子供や部下を育てるときに、この焦りが生まれがちです。

 人にはそれぞれ成長の速度や変化のタイミングがあります。人を育てるうえでは、相手のペースを見極める作業は欠かせません。

 

「どうしてこんなこともできないの?」「何度言えば分かるの?」ついつい、言ってしまう言葉ですが、これは子どもの状態を見極められていないからこそ出てくる言葉なんですよね。

何度言っても分からない・できないのが現状なのだから、違う方法を試みたり、一旦横に置けることなら置いてみたりすればいいんですけど。なかなかできない。「待つ」ということを意識するのは、せっかちなわたしには特に必要なことだと感じます。

 

 ひなが内側から殻をつつく音が「啐(そつ)」。親鳥がつつく音が「啄(たく)」。

 「啐啄同時(そつたくどうじ)」。両者のタイミングがピタリとあった時に、物事は変化し、新しいものがうまれるのです。

 

完璧を求めない

自分では完璧を求めているつもりはなくても、結果に対する自分の思いでそれに気づくことがあります。自分に対しても、他人に対しても、すべてが思いどおりになることはないのに、完璧を求めるあまり、落ち込んだり、相手を責めたい気持ちになったりする。

 

 その時に心しておかなければならないのは、結果に執着しないということです。

 なぜなら人生においては、結果が出ることのほうが少ないからです。

 

変化の時を迎えるためには、結果にこだわらず無心に努力し続けることが重要なのです。

 

結果がどうあれ、努力しつづけること。子育てはすぐに結果が出ない仕事です。今やっていることが、本当にいいことなのかどうか、分かるのはずいぶん先の話。でも、やめてしまえばそれまでということですね。

 

 水が流れる場所には、おのずから渠ができます。初めは細々とした渠であっても、水が流れ続ければ次第に太くなり、最後には豊かな水をたたえる水路になっていきます。

 禅では、その真理を「水到渠成(すいとうきょせい)」という言葉で説いています。

 

「忙しい」「疲れた」と言わない

ぎくぅ!わたし、しょっちゅう言ってる…!

仕事柄、人に対しては「ありがとう」「お気をつけて」「お大事に」「ゆっくり休んでね」とよく言います。そんなわたしの言葉がけを、嬉しいと喜んでくれる人がいる。

 

 しかし、一番大切な自分にかける言葉には、案外無頓着なのではないでしょうか。 

 

 ∑(゚Д゚)

 

 「ああ、忙しい」「疲れたなあ」「もう嫌だ」「自分なんて」。そんなネガティブな言葉を心の中でくり返してはいませんか? 

 

Σ(゚Д゚;;)

 

そのとおりすぎて何も言えません。だからこそこれがあるんだな。

 

(日めくり)ほめくり、修造! ([実用品])

(日めくり)ほめくり、修造! ([実用品])

 
(日めくり)まいにち、修造!

(日めくり)まいにち、修造!

 


仏教には「愛語施(あいごせ)」というお布施の形があるそうです。愛語とは、「思いやりのある言葉を相手にかけてあげる」こと。

 

 あなたの愛語施を一番必要としているのは、あなた自身かもしれません。 

 

まとめ

この本で紹介されている「怒らない人」になる禅の習慣43のうち、今回紹介した5つはこちら。

 

  1. 人は人、自分は自分と考える
  2. 頭に来たら、一呼吸置く
  3. 焦らずに待ってみる
  4. 完璧を求めない
  5. 「忙しい」「疲れた」と言わない 

 

今回は「子育て中のわたし」として5つ選んでみたつもりですが、結局これはわたし自身に必要なことばかりでした。

この5つにピンとこなかったとしても、残り38個の中から「これだ!」というものが見つかるかもしれません。もちろん、見つからないかもしれません。

全然お説教くさくなく、むしろ優しい言葉が並んでいる本なので、怒り疲れたときの一服におすすめです。

 

今日はこれでおしまい。

*1:へそから5センチ下、そして背骨に向かって5センチの場所